JEANがアメリカに戻ってひと月ほどしたある日、彼女から1通のメールが届いた。
「KENが入院したの。ここのところお腹の具合が良くないと言っていて、検査の結果が先日わかったの。
胆管ガンでもう全身に廻っているらしいの。あと3ヶ月しか持たないと先生が言うの」
−KENとはJEANの夫で、ボーイングに勤める優秀な技術者です。−うそでしょう?
YOUが日本に来てたとき元気な声で電話してきたじゃない。
そんな急に…あのKENが…
ほとんど呆然とた状態になって彼女に電話をしたけどずっと病院に行きっぱなしだと彼女の父親がたどたどしい英語で答えてくれた。
KENは60歳。JEANとは2回りほどの年の差があるけど、子供は5歳と4歳。
どちらも男の子でこれから父親が必要となるところだ。
私が居ても何もしてあげれないけど、彼女を励まして手を握ってあげたい。
メールを送った。私に何ができるか確かめた。
日本の伝統を良く知る彼女が祈りを込めた「千羽鶴」を作ってと言ってくれた。
…千羽鶴…
一刻も早く送ってあげよう。
JEANを知る日本の友人達、職場の同僚にも声をかけ、4日間で完成した。初めて作る千羽鶴だったけど何人かの思いが込められた鶴を束ねていた時、急に、優しく、スマートなKENの笑顔が私の脳裏をかすめた。あんな純朴で努力家のKENが、これから人生を楽しめるというときに、しかも幼い子供を残して逝かなければならないのかと思うと涙が込み上げてきた。
いや、もしかしたら奇跡的に助かるかもし知れない。
不可能を可能にするアメリカの医学を信じようじゃないの。
と繰り返し繰り返し思いを巡らせた。病院に付ききりのJEANの様子も気になった。
彼女の応援体制は万全だった。親族が一致団結をしてKENの病気と立ち向かっていた。
KENの大学時代の友人、職場の同僚、教会の仲間そしてはるか日本にいる私たちでさえ、
KENファミリーの心配をしていた。
私が病気の時にこんなにたくさんの人々が心配をしてくれるのだろうか?ふと湧いてきた疑問だ。
日本人のメンタリティーとしては、自分の辛い姿は人にあまり知られたくないというのがあるでしょう。
それにしても、KENの人徳はすごい。そんな人が逝ってしまうのか…
とまた堂々巡りの思いが去来していた。
KENがなくなったのは千羽鶴が届いてから、1ヶ月だったそうだ。
ガン発見からわずか2ヶ月での逝去となった。
ゆれる手で自筆のメッセージをわが子達に綴った手紙には、
残念だけど、パパは君達ともう一緒に遊んだり、勉強したりすることが出来なくなった。
ママのインストラクションとおりに一生懸命勉強すればきっとすばらしい人生が開ける。
薬に手を出したり、悪い友人と親しくしてはいけない。
学校の勉強をしっかりしなさい。ピアノのレッスンは休まず行きなさい。
ママを守ってあげて。君達と出会えたことを誇りに思う。
と書かれていたという。
JEAN、辛いけど、子供達がいるし、両親もいるのよ。
一人ぼっちじゃないから、明るい怖いものなしのYOUに戻って。
|