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日本に戻り、2年が過ぎた夏休みのこと。JEANからTELが入った。
中国へ行く途中にYOUのところへ寄るから…
との連絡を受けてから数週間。はとBUSの予約から、避暑地のペンションの予約やらで忙殺されているところに彼女はやって来た。長男のDedeを連れてやってきたのです。
新幹線に初めて乗ったという彼女は待ち合わせ時間より1本早いので着いてしまったらしく私が駅に行ったときには大きなリュックサックを背負ったまま、サムソナイトを傍らに置いて、暑いのに外で待っていた。
JEAN!!
Hi!!!! と言ってしばらく時間が止まった。
2年間で子供達は少しずつ大きくなり、大人たちは又、すこしずつ太っていたけれど、なんだか涙が出た。
懐かしさがこみ上げてきたから…
日本へようこそ、JEAN!
途中大丈夫だった?
とにかく暑いから早く家に行こう!
とめどないおしゃべりが続き、2年間のブランクはあっという間に埋まっていった。
中国の両親のアメリカ永住用のGreencardが取れたこと、お姉さんの再婚が決まった事。
次男の様子や、夫の仕事の様子などなど。
でも、私教えたでしょ、日本の宅急便は信頼性が高いから送れば、って?
『子供つれてサムソナイト引いてじゃたいへんだったでしょう!?』
『全くOKよ。YOU!荷物はいつも一緒じゃないとダメよと』と逆に諭されてしまって。
ま、いいけどね。新幹線空いててよかったよね。
彼女が日本でしたいことは、富士山を見ること。
はとBUSに乗ること。(ちなみに予約しておいたのが浅草とおいらんショー)
そして、100円ショップに行く事だった。
東京で3日間過ごし、そして那須に新幹線できたのだ。
私のところで一番最初にしたことは、前年亡くなった私の父のお墓まいりだった。
父はアメリカに数度来ており、そのたびにJEANの父親と釣りをしたり、酒を飲んだりして意気投合していたこともあって、父の急死は彼女にとってもショッキングだったようだ。
立っては座り、立っては座りの合掌が何度も続くお参りをし、花を手向けた。
Dedeは、娘の任天堂64のポケモンゲームにすっかりはまり、寝ても起きても“ニンテンドー”を連発していた。
このポケモンの名前は?とか、この場合どんな技がいいのか?とか。英語の通じない娘に
しきりに聞いて、2日目には、日本語で『ゲーム貸して』と言えるようになったのだ。
ちなみに娘の初会話は、“Dede Lets go outside”だった。2人5歳の夏の出来事…
なんとDedeはすごい偏食で、何かと何かが混ざったものは食べないのだ。たとえば、ご飯はご飯だけ。混ぜご飯などとんでもない。ラーメンなども麺だけだとOK、トッピングがあると絶対食べない。飲み物はコーラ又は牛乳のみ。日本食は御気に召さなかったようだ。寿司も、カレーも嫌い。すきやきも嫌いだった。
どうしたものか思いあまり、ランチはマクドナルドに連れて行ったときの彼の目の輝きを今でも忘れる事が出来ない。これはアメリカの食べ物だ。僕はアメリカが好きだから、アメリカの食べ物が好きなんだとのたまった。数個のハンバーガーとポテトとコーラを食べ尽くし、けろっとしていた。
なんてこったいとため息が出た。
『家でも偏食で、麺だけとか、トーストだけとか、バナナしか食べないから気にしないで』とのことだったけど
目一杯気になった。でも痩せていないのは何故だろう????
せっかく手料理を作ってもご飯だけしか食べないし、那須高原のペンションに行っても食べたのはトーストと卵だけ。
フルコースのメニューが…
なんてこったい。もったいない。
Dede、アメリカが好きなのはいいけど、食べ物粗末にしたらあかんぞぉ〜
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