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私はこれまで『ちあきなおみ』という歌手は「喝采」の他は殆ど知らなかった。
ある時、ラジオで「紅とんぼ」を聴いた。
スナックを閉めるママさんの悲しみと感謝の心を唄ったもの。
ひとりの人生を聴いているようでもう一度聴きたいと思っていた。
偶然、『ちあきなおみ』のCDを編集してくれた人がいたが、しばらく忘れてしまっていた。 |
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ある時、自動車の運転をしている時ふと思い出して聴いてみた。
「矢切の渡し」や「星の流れに」、そして「紅とんぼ」。
何度聴いてもいい。
『ちあきなおみ』は歌唱力があり見事である。
そして、CDは「かもめの街」へと変わった。
これも情景が浮かんでくる。すさまじい唄だ。 |
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度肝をぬかれた。
16曲も入っているCDが終わる頃、「あれ?」と思わず引き込まれてしまった。
最初は「おや?」という感じでよく唄心がつかめない。
「リピート」にして聴いてみた。 |
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「何だ、山谷のホームレスの唄か?」と思っていたが、野太い『ちあきなおみ』の声が、ゆっくりとゆっくりと心の奥へ浸み込むように聴こえてきた。衝撃を受けた。
ストーリーが見えてきた。
若い頃、秋田から上京した男が何かで失敗をしたのだろうか、その日暮らしの中で望郷の念をこらえている。
「秋田へ帰る汽車賃があればひと月、生きられる・・」
「暮らせる」ではない。「生きられる」のである。
新幹線で帰るのだろうか東京へ戻る切符まで買えるのだろうか。
おそらく、この唄ができた頃は、新幹線はなかったろう。
だったら、夜行だろうか。そんな安いお金で一ヶ月も生活できるのだろうか。
なぜ、この男は夢を破られたのだろう。
犯罪に巻き込まれたのだろうか、プライドをキズつけられて自ら仕事を捨てたのだろうか、裏通りとはどこだろう、浅草か、渋谷か、それとも新宿かな、大森辺りかもしれないな。
焼そば一つおごってくれた相手を想いやる気持ち。やさしい男だなあ。
ポケットをまさぐって焼そばだと300円かな、二皿で600円。
そんなお金が大金なんだ。日雇いか何かで大金が入ったのかな。
その内、情景が浮かんできた。
何か公園の端っこにこしらえたダンボールの家の中で、半分欠けた茶碗で拾ってきた飲み残しの焼酎を飲み交わし、同じ境遇の男が二人、話をしている。
焼そばを買ってくれた男だろうか、ボロをまとった歯の欠けたやせた男が「だからよー、帰れないんだよ!」
と大声で話しているような雰囲気。
しかし、それを聴いているもうひりの男は、昔を思い出し、たまらない想いをしている情景である。
大声の男は、まだプライドを捨て切れずにわめいているのだろうか、もう一人のいたたまれない思いの男はおそらくこの境遇の中で、自分を責め、自分を落しめた相手を恨む事しかできなかったことを、ふっと、この焼そばで目覚めたのではないだろうか。 |
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『ちあきなおみ』の唄は、ゆっくりとゆっくりと低音から高音まで丁寧に、そして、心のこもった唄である。
何度も何度もリピートしてしまった。聴けば聴く程、心にしみ込んでくる。 |
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私も絶望感に浸った時期がある。
もうやめようか、仕事を辞めて何もかも捨ててしまおうか、街工場の片隅で真夜中の消えたストーブに気づかず明日の金策の為にあれこれ実現できそうもない切ない思いをめぐらしていたことがあった。
1月か2月の寒い夜だった。ブルッと寒さに気づき、「あした考えよう!」と家へ帰ったことを思い出す。もし、ストーブが消えていなければ、そのままふっと、女房と二人の子供を置き去りにして家出をしてしまっていたかも知れまい。次の日、たまたま訪ねてきた初老の保険屋に別の銀行を紹介され助かったのである。
「帰れないんだよ」を何度も何度も聴きながら、胸が締めつけられるような思いをしながら、「人生なんて、紙一重なんだな」と感じた。
この唄は名曲である。
『ちあきなおみ』の歌唱力がすごいのであろうが、星野哲郎氏の作詞もすごい。
よくぞこれ程の唄を作ってくれた。そして、オリジナル曲は誰が唄ったのだろうか。
御主人に先立たれた『ちあきなおみ』は「喝采」と同じ運命をたどり芸能界からコツ然と消えてしまった。
再デビューを願望するファンの人達が、今でもインターネットに『ちあきなおみ』のホームページを作り交流をしていることを知り、私は改めて衝撃を受けた。 |
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私は『ちあきなおみ』に言ってやりたい。
「ありがとう、いい歌をたくさん残してくれて本当にありがとう。
君の歌を聴いてどれ程の人達が癒され、そして、救われたか、君は知っているかい?もう一度舞台に立ってあのすばらしい歌声を聴かせてよ」と。
そして、「帰れないんだよ」の主人公に言ってやりたい。
「昔のことを考えていても元には戻れないよ。生きていけばいろんな事があるさ。それがまた楽しいのさ。肩ひじ張らずにまた仕事をやろうよ。ふるさとだって美しいぜ、やさしく、迎えてくれるさ。一番、両親が喜んでくれるさ。
何、もう死んだろうって?だったら、墓参りでもしてごらん、やる気が沸いてくるさ」と。
私は今、『ちあきなおみ』のファンになってしまった。『ちあきなおみ』は人情話の世界なのだ。
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