玄人軍団に入社して約2年半がたち、仕事に手ごたえを感じていた02年11月。田中鼎さんは大病を患い、宇都宮市の病院に入院した。
 社内でシステムトラブルが発生しても即座に対応できるよう、電話のある個室に入り、パソコンも持ち込んだ。す ぐ退院するつもりだった。しかし病状は重く、入院は4カ月に及んだ。
「年齢も60歳。もう復帰できないだろう。
迷惑をかけるだけだ」。
 田中さんは、病室から高橋徳経社長あてにメールを送った。「体力がもちません。辞めさせてください」。「判断は任せます。よく考えてください」 。それが高橋社長の返信だった。
『年配者でも利益が生める』
大手機械メーカーで退職に追い込まれた田中さんにとって、「考えてください」という言葉は、ずしりと響いた。
「必要とされているかも。頑張ってみようか」

 
初夏の日差しがまぶしい03年5月初旬、田中さんは職場に復帰した。
 初めは週2回午前中だけ通い、6月から毎日出勤した。体力は次第に回復し、復帰に猛反対した妻の登美子さん(57)も「頑張って」と応援するようになった。
 「会社から追われた年配者が会社でも、利益が生めることを証明したい。それが自分の役割だ」。そう実感する。
 
 玄人軍団設立から丸4年。04年3月期決算では初めて黒字になりそうだ。「自分たちの技術とノウハウが、取引先にも認められるようになった」。田中さんは自信を深めている。

 先日、前の会社で汗を流して働く自分の姿の夢を見た。「まだこだわっているのかな」。在籍した32年の歳月は重い。悔しさも消えない。でもその会社が「自分を育ててくれた」のも事実だ。最近、「辞めてからは足を運んだことがないOB会に参加してみようか」と思う。一度はなくしかけた「誇り」がよみがえってきたような気がする。

おわり

こちらの記事は2004年4月3日に毎日新聞に掲載されたものです。(転載許可済み)