「番方大番頭」。00年4月、株式会社「玄人軍団」に入社した 田中鼎さんの肩書だ。番方は江戸幕府の倉庫管理や警備を担当する職制で、大番頭は「リーダー」。ちょうど大手機械メーカーで田中さんが携わった生産管理に当たり、田中さんはいわば「生産管理部長」だった。
 
 設立者である高橋徳経(株式会社アイ電子工業社長)の提案で、玄人軍団では、社内でも対外的にも「社長」「部長」「課長」などという肩書を使わない。代わりに「藩主」「城代家老」「大目付」などを使う。「全員が異なる企業文化で、立派な仕事をしてきた。だから上下関係を示す役職は不要。それぞれの役割を示す肩書きにした」と高橋社長は社員に説明した。
 玄人軍団は、電子部品の受託生産を中心に、生活用品の生産やメーカーへの人材派遣も請け負う。スタート時の社員は中高年者45人。

過去の肩書きは相手にされない


大手企業の元技術部長もいて、みんなが特技を生かした。
 生産管理の職歴を買われた田中さんだが、「できればシステム開発をやってみたい」と思っていた。

 大手機械メーカー時代に、やり遂げられなかった仕事。入社から1カ月で、倉庫管理のためのコンピューターシステムを 作った。「このおじさんにそんな技術があるの?」という好奇の目も感じたが、完成するとシステムエンジニアとしての手腕が認知された。
 
一方で1、2カ月たつと、辞める人も出てきた。玄人軍団は時間給で、働いた分だけしか金にならない。田中さんの年収は約5分の1に激減。他の人も以前の半分から3分の1程度になった。コピー取りもお茶くみも各人の仕事。以前高い役職に就いていた人には、抵抗感も強かった。「頭を切り替えられない人は、去るしかない。

『過去の肩書や経歴なんてだれも相手にしない。
玄人軍団で重要なのは、何をもって金を稼げるか。問われるのは個人の実力だ』。

田中さんは、組織の「駒」でいるわけにはいかなくなった。

つづく

こちらの記事は2004年4月2日に毎日新聞に掲載されたものです。(転載許可済み)