「年配者は、産業立国の立役者だ。しかし、定年やリストラで有無をいわさず職場を奪われる。貴重な体験や洗練された技術が生かされないのは、大いなる損失です」

 大手機械メーカーを退職して約9カ月後の00年2月。田中鼎さんは、友人の情報を頼りに、栃木県大田原市にある電子機器製造会社「アイ電子工業」を訪ねた。そして、「年配者の新会社」をつくろうと、熱い思いを語る高橋徳経社長(60)に圧倒された。

『ぜひ、働かせてほしい』

 アイ電子工業は、TI(情報技術)ブームが到来した5年前、深刻な人手不足に陥り、取引関係のある大手企業から10人に出向いてもらった。みな定年前のベテランばかり。
 
 最初は、「こんな町工場みたいなところで働けるか」という不満をあらわにしていた。
しかし工場の若手と一緒に働くうちに、出向のベテランたちに変化が現れた。熱心に技術指導を始めたのだ。
 すると、「うるせえジジイだな」という顔をしていた若者たちも、年配社員の変わりに重い荷物を持ってあげたりするようになった。その様子を見て、高橋社長は思った。
 「年配者が生き生きと働けば、周囲全体がよくなる。そんな場をつくれたら」。
 
そして、「年配者がプライドをもって働くには、使命感と責任を持って働き、金を稼ぐことが必要。
それにはボランティアやNPO(非営利組織)ではなく、株式会社の方がいい」と、リストラや定年で退職した年配者による会社「玄人軍団」の設立を決意した。話を聞くうち、田中さんは目の前が開けていく思いだった。「これが探していた会社だ」。そして、言葉に力を込めた。

「僕は32年勤めた会社をリストラされた。でも、腕には自信がある。それを生かしたい。金の問題じゃない。「ぜひ、働かせてほしい」。2時間の面接の後、高橋社長は言った。「ここで完全燃焼してください」

この4月、玄人軍団が設立され、57歳の田中さんは新人社員になった。                                                                             
つづく

こちらの記事は2004年4月1日に毎日新聞に掲載されたものです。(転載許可済み)