|
「働きたい」。大手機械メーカーを辞めた田中鼎さんは退職後、つくづくそう思った。まだ56歳。体力も気力も十分ある。「このままで、食べていけないわけじゃない。でも、会社から疎外されたようでたまらない」
北海道小樽市から上京して大学に通い、「転勤がなさそうだ」と思って就職した。1967年4月に入社してから3年後、「栃木県大田原市に主力工場を設立する。加わってほしい」と上司に言われ、新婚の妻、登美子さんと一緒に転居した。
大田原工場では、部品の発注から倉庫管理までを手掛ける生産管理部門を担当。納品が遅れそうな部品を、夜中に羽田空港まで取りに行ったこともある。 |