シベリアからの白鳥の飛来地としてしられる栃木北部の大田原市。「株式会社・玄人軍団」の看板が掛かるプレハブで、田中鼎さん(61)は黙々とコンピューターに向かう。
大手機械メーカーで 長年、システムエンジニアを務めた腕で、業務全体のシステム構築を一手に引き受ける。

 同僚はみな、定年やリストラでリタイア人ばかり。玄人軍団は、高い技術や経験を持ちながら職場を失った中高年者約40人で作る新しい会社だ。田中さん自身も5年前、希望退職に追い込まれた。資格を取るためむなしく図書館通いをした日々が今、夢のように感じられる。
 

「もういるべき場所じゃない」

 99年3月末のある日、大手機械メーカーの大田原工場で生産技術部長を務めていた田中さんは、部下の一人一人と面談

し、退職勧告をしていた。会社が業績不から創業初の希望退職制度を導入。管理職として退職を促す役目を課せらていた。

 しかし、「辞めろ」と言うには惜しい人材が多い。退職を強く迫ることはできなかった。
そしてその日、田中さんも工場長に呼ばれた。「形だけの退職」。入社32年実績には自信があった。だが、工場長はいつになく強い口調で、「辞めてください」と言った。「本気だ」と直感した。
「一般従業員を辞めさせるため、まず管理職は年齢順に5人辞めてもらう。あなたが断れば次の人が対象だ。」当時56歳の田中さんは5人目だった。会社には人一倍貢献した。それなのに年齢だけで切るのか。「おかしいじゃないか。おれは辞めないぞ」。気が付けば、怒鳴っていた。

 夜帰宅し、頭を冷やした。年金を受け取れる61歳まで妻と2人食べていけるか。計算すると貯金で何とかなりそうだった。あとは自分の気持ち。「『お前はいらない』と言われた会社に残るべきか」。悩んだ。そしてプライドも傷ついた。

 翌日、再び工場長に呼ばれた。「辞めなくていい」と言われるかもしれない、という淡い期待はすぐに裏切られた。工場長は開口一番、「辞めてください」。この瞬間、腹を決めた。「辞めます」。自分には誇れる技術と経験がある。「もうここはいるべき場所じゃない」。2カ月後の5月末、わずかな退職積み増し金を手に会社を失った。

つづく

こちらの記事は2004年3月30日に毎日新聞に掲載されたものです。(転載許可済み)